2014年3月28日金曜日

集う女の子たち―keisuke kandaの方法―





図1

このような漫画風少女のイラストがプリントされたTシャツ(図1[])、みなさんはご存知だろうか?ブランド名は「ケイスケカンダ[]」。デザインも特徴的だが、またその活動も変わっている。「発表会」と名指された独自の形態の販売会を実施し、自身のファンクラブの設立も行っている。ケイスケカンダは既存のブランドとは一線を画し、異色の活動を見せるブランドと言っても過言ではないだろう。そしてこの特徴的なデザインや活動は熱狂的な女の子の支持を集めているのである。では、なぜケイスケカンダは他とは一線を画し、ここまで一部の女の子から熱狂的な支持を集めることができるようになったのだろうか。ここでは、“トライブの創造”という観点からケイスケカンダの方法論について考えていきたい。




 ケイスケカンダの特異性――「カルト」的な人気を集める、あるいはそのように感じられる要因――はその特徴的なデザインや神田恵介が創り出す幻想的なナラティブ(物語)などによって独自のトライブ、つまり一種の「族」を積極的に産み出し、それを有している点にあるだろう。



図2


 例えば、2010年から継続的に発表されている「心恋族(うらごいぞく)」(図2[])というシリーズにそのことは端的に表れている。この「心恋族」は淡い恋心を秘めた人に寄り添う「民族服」をコンセプトにしたシリーズで、直接名に「族」とつくようにそこには一つのトライブが想定されている。また、インタビューの中でデザイナー神田恵介が「『族』という言葉にこだわったのは、『カラス族』『竹の子族』のような〝現象″にしたいという思いがあるんです。[]」と述べるようにそこでは意識的にトライブの形成が志向されている。



 しかし、このケイスケカンダが創造しようとするトライブは「カラス族」「竹の子族」などとは決定的に異なっている。なぜなら「カラス族」「竹の子族」がある種自然発生的に形成されていったのに対し、ケイスケカンダにおけるトライブは「トライブの創造」が自覚的に志向されているからである。そのような歴史性を前提にした上でデザイナー自らが介入し、デザインの段階においてその現象を再現しようと試みているのだ。




ではその意図的に作られたトライブだが、一体どのような要因がこれを成立可能とさせているのであろうか。



その要因の一つに、独自の「少女像」の創出とデザインの過剰さがあげられる。「心恋族」シリーズの衣服・デザインを見てみると様々な装飾・アイテム―砂糖菓子のような樹脂ボタン、パステルカラーに水玉がプリントされたジャージー、アニマル柄の刺繍…など―を「少女性」の記号として配置することで「ケイスケカンダらしさ」が構築されている。このような「心恋族」で特徴的に見られる独自のトライブを創り上げる手法はケイスケカンダというブランドそのものに通底しており、実践されている。ケイスケカンダのデザインをよくみると、パステルカラー、水玉模様、ギンガムチェック、キルト、レース、フリル、リボンといった色彩、柄、素材、アイテム―「少女性」の紋切型―が多用されていることが分かる。そこでは表層において強い意味作用を持つようなデザイン・装飾が選択されているのだ。こうした強い意味作用を持つデザイン・装飾はメディアとしての衣服を身に纏った時に現れるメッセージをより強固なものとする。過剰に配置されるそれらの紋切型とそこに付随する記号性の強さが交じり合うことによって「女の子」(「少女性」)のイメージは増幅させられ、独自性を帯びた「ケイスケカンダ」という一つのトライブを形成することに成功するのである。


図3

ではここで志向されている「女の子」とはどのようなものであろうか。ケイスケカンダはこうしたデザインの過剰さやそのメッセージ性・記号性の強さを基にしながら、ブランド内において規範化された想像的な女の子のイメージを創り出そうと試みているように思われる。コレクションと共にきむらももこや庄子佳奈(図3[])などによって「女の子」のイラストが描かれることや様々な媒体でデザイナー神田恵介によって断片的な少女像が語られることは、そうしたケイスケカンダにおいて規範として機能する女の子の表象・型の創出の例として挙げることができるだろう。




また、ここでの少女像はあくまで想像的であるということに留意しなければならない。この規範となり得るような少女像(「女の子」)は「実体」を伴ったものとしては提示されているわけではない。理念的かつ想像的なものなのである。あくまで、具体的な「実体」としてではなくイラストや文章という形態によって抽象的でありながらも規範として機能する少女像を創出しようとするのである。



まさにこうした少女像の創出こそがトライブを形成する(あるいは、トライブが形成されているように感じられる)ことを可能にしているといえる。規範となり得るような少女像(理想的イメージ・モデル)が創り出されているため、女の子たちはそこへと方向づけがなされており、女の子たち自身もそうした想像的な少女像への接近を試みようとしている。そのため、そこでは着用者(女の子)の個性は消され、画一的な様相を呈す。また、同時にそうした画一化が進む過程で着用者(女の子)間においてもそうした規範の形成と再強化が並行的に行われているといえるだろう。それに加えて、ケイスケカンダで用いられる特徴的なデザインと装飾の過剰さはその「強さ」そのものが契機となり、反転が起こり、同様の差異を見出すことが困難な状態・類型として一つに包括するような認知を生むのである。こうした共同体の内部において規範となり得るような想像的な少女像が創出されていることと、そのデザインの「強さ」が同じ傾向を有している、またはそのような印象を引き起こしているといえる。そのため、一つのトライブの形成―あるいは、そうした形成がなされていると錯覚させること―が可能になっているのである。



図4
また、その「強さ」を持ったケイスケカンダのデザインだが、ただ「少女性(ガーリー)」という一語で語ってしまうのはいささか乱暴すぎるように思われる。むしろ、最終的に「かわいい」のコンテクストに回収されることを志向しながら、それまでの「かわいい」の系譜では見いだされてこなかったデザイン、ある種の生々しさが表出する可能性のあるデザインを用いる点にこそ「ケイスケカンダらしさ」をより強固にするものは存在する。例えば、一見して古着のリメイクということが分かる(痕跡が残された)手作り感あふれるデザイン、ノイズやバグのような荒い手縫いのステッチ(パンク的な要素)、日の丸をモティーフにしたTシャツなどをその例として挙げることができる。あるいは「(ヘテロセクシャルな)性に対する眼差し」を織り込んだ衣服である。神田恵介の衣服作りの原点が女の子への叶わなかった想いであるように「(ヘテロセクシャルな)性に対する眼差し」はそのクリエーションの根幹にあるといえる。下着が見えている少女のイラストをプリントしたTシャツ(女子高生のTシャツ/バレリーナのTシャツ、図4[])や、2013年秋冬コレクションには「援助交際ジャケット」と名付けられたジャケットが発表されるなど、スキャンダラスなイメージを立ち上がらせることが不可避なモティーフを用いている。こうした過激になりうる要素が内在するモティーフを―後述するが―ケイスケカンダはブランド(トライブ)の中で共有されるナラティブ―物語-を作り上げることによって、またそこでのコノテーションに依拠することで「かわいい」という感覚へ転回させている。





ここまでは、デザインとそこから見出される規範として機能する想像的な女の子の表象の創出という観点からケイスケカンダのトライブの創造という手法について考えてきた。ケイスケカンダというブランドが登場する以前からもそのベースとなっている「少女性」の紋切型などは「かわいい」という感覚的な側面から受容され、表面的なデザインに多く用いられていた。しかし、ケイスケカンダはその紋切り型の引用の手法(同様の系譜では見いだされてこなかった要素とのリミックスや独自の解釈など)そのものが特徴的であったために新しい立ち位置を確立していったといえる。そのため、このような視覚的なデザインがこのトライブの形成に大きな役割を果たしたということは明らかであろう。



しかし、この視覚的なデザインのみがトライブの形成を可能にさせているのではないように思われる。デザインと相互に作用しあいながら内閉した空間を作り出し、そこに女の子を取り込むという方法、これにこそケイスケカンダのトライブ形成の独自性があるのではないだろうか。全国各地で買い手と直接交流を図る展示会(発表会)の開催やファンクラブの設立といった活動からも分かるように、衣服そのものに留まらない外部に存在するシステムを上手に利用することで、独自の世界観の共有が容易な共同体の形成を可能にしている。このような共同体の中で、デザインは相互に作用する言葉やナラティブを内包させられることで一つのものとして完成する(先述した心恋族では神田恵介によって書かれた文章が同時に発表されている)。同時にそこではブランド(共同体)の中心にデザイナーが顕在化するような構造が自覚的に作り出されている。デザイナーズブランドという形態そのものが本来そのような構造を有することを特徴とするのだが、ケイスケカンダが異質である点は積極的にデザイナー自身のクリエーションの軌跡やパーソナリティーを物語化・象徴化し、それをブランド(共同体)の中心に据えようとしている部分にあるといえる。ケイスケカンダというブランドでは神田恵介によってその衣服がつくられるというそのこと自体に重要な意味が見いだされる。ここでの神田恵介とは単に実体的なものとは異なる物語内で創出されたイメージとしての「カンダケイスケ」であり、またそうした「カンダケイスケ」がブランドの中心に不可欠なものとなっている。この定型化されたイメージとしての“カンダケイスケ”不在においては“ケイスケカンダ”は成り立たない。荒い手縫いのステッチという意匠―作り手のイメージを要請するデザイン―が用いられる背景にはこのような「カンダケイスケ」像とそこでつくられる衣服の不可分な関係の表れだといえる。



また、展示会においてデザイナーと顧客の密接なコミュニケーションの場が十分に確保されていることや様々なメディアでデザイナーの衣服作りの原点・エピソード(叶わなかった女の子への想い)が反復されることによってそこでは価値が生成され、ブランド(デザイナー)と顧客の間で物語空間の容易な共有を可能にしている。他にも各ルックに付けられるそのデザインのイメージを増幅させるような名前やブランド・コレクションイメージを伝達するためのイラストや文章の中で設定・引用される想像的な女の子の表象は独自の世界観をより強固なものへとし、物語空間を鮮明化させ、「ケイスケカンダらしさ」を獲得するために機能している。このような空間の共有によってそこでは独自のコミュニケーションの形式が作られており、顧客はケイスケカンダにおいて生み出されているナラティブを含めて「衣服」を消費(購入)しているといえる。



こうしたデザイナーを中心化しながら、内閉性を伴った共同体・独自のトライブを創り上げる方法こそが熱狂的な人気を誇る、あるいはカルト性を帯びたブランドというイメージを引き起こす要因なのではないだろうか。 

 
2012年東京都現代美術館で行われた「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展にケイスケカンダは「白の衝撃」と題して「紙エプロン」を出展した。もちろんこれは1980年代前半にパリ・コレクションで川久保玲、山本耀司によって発表されたルックへの形容である「黒の衝撃」のパロディであるが、ここにただ内閉的な共同体を創り上げるだけではないケイスケカンダのアイロニカルかつユーモラスにファッション・システムに切り込んでいく姿勢が示唆されている。そもそもパロディという手法はコンテクスト、あるいは歴史の共有を前提(約束事)とし、その上で新たな方向性を提示するものである。本展では川久保玲、山本耀司による衣服も出展されており、その対立は鑑賞者に明確なものとして認知させられる。そこでは一見すると倒錯したやり方によって「ファッション」の新たな方向性を模索しようとするケイスケカンダの姿を見出すことができる。また、神田恵介はインタビューの中で次のような発言も行っている。

 
   かつて、あのシャネルが下着の素材でしかなかったジャージーを使ってドレスを作ったときに、最初は後ろ指をさされていたと思うんです。でもそうやって後ろ指をさされていた服装が、やがてファッションの歴史に名を残すほどのものになった。おこがましいけど、僕はそういう服装を目指したい。[]


 このような活動や発言からケイスケカンダの「ファッション」への視座が読み取れる。その特異性であるトライブの創造はただ内向的なものとして理解すべきではなく、制度化されたファッションの領域から逸脱しようとする側面に注目すべきであろう。ケイスケカンダはただ内閉的な共同体を構築し、―そこに留まるだけでなく―むしろ独自性を持った一つの共同体を構築するというプロセスを一種のファッションにおける「革新」の手段として取り込もうとしているのだ。



 このような分析を通して、ケイスケカンダは「ファッション」の新たな可能性を提示し続けるブランドとして浮かび上がってくるのではないだろうか。





繊維研究会
text: Ryuhei Nakabayashi
edit: Hidaka Yamada







[] 『ケイスケカンダ ホームページ』、〈http://ribbonful-store.com/?pid=21751578〉、[2013325日閲覧]

[] デザイナー神田恵介によって2005年に立ち上げられたレーベル。

[] 『ケイスケカンダ ホームページ』、〈http://ribbonful-store.com/?pid=34545714〉、[2013325日閲覧] きむらももこによるイラスト

[] 展示会カタログ『感じる服 考える服:東京ファッションの現在形』以文社、2011年、76頁。

[] 『ケイスケカンダ ホームページ』、〈http://www.puramo-for-girl.com/〉、
[2013325日閲覧]  庄子佳奈によるイラスト

[] 『ケイスケカンダ ホームページ』、〈http://ribbonful-store.com/?pid=21750659〉、[2013325日閲覧]

[]「ブランド研究 ケイスケカンダの独創力」、『装苑』20134月号、63頁。