2017年10月13日金曜日

PUGMENTにおける新奇性と日常性の結びあわせ

講義詳細は一つ前の記事にまとめております。ご確認ください。
※イベント当日の台風接近が予想されております。10/28現在、開催予定ですが、中止となった場合は以下のSNSにてお知らせいたします。

@sen_i_lab








先日、ツイッターにて告知がございました通り、来る1029日、夜19時より、PUGMENTの二人とキュレーターの飯岡陸さん、おまけにわたし繊維研究会代表の大和佳克がファッションを話します!


このたびは、PUGMENTを初めて知った頃に、その作品をホームページで見ていた時にわたしに浮かんできた
幾つかの感想を拾い上げてそれを投稿し、これをPUGMENTの紹介とさせていただこうと思います。


さっそくですが《刺繍された円/embroidered circles(2015)と題されたその作品は、古着通販サイトでの、とある経験から始まっているようでした。通販サイトの商品画像上、衣服のダメージ部分には丸が付けられています。その丸は、ダメージの存在を買い手に明らかにするために付けられたもので、画像上でダメージをフレーミングします。

こうした経験に発し、次にPUGMENTが行った操作は、画像上の丸を実際に服に刺繍する、というシンプルなものでした。また、服は、かつて通販で売られていた値段に、円の数を掛けて算出した値段で再び売られます。その服の値段は必然的に、かつてサイトで売られていた値段より高くなります。

こうした手続きのひと揃いが《刺繍された円》という作品です。


概観を終えたところで一旦横道に逸れることにします。
この《刺繍された円》をはじめ、《MAGNETIC DRESS(2014)や《IMAGE(2016-)などの作品を見たとき、わたしは、服のこんなところにも想像力を飛ばせるところがあったのか、とソボクに感じ入ったことを思い出します。

それまでは、服といえばコレクションに出ているものなど、スポットライトを浴びてプレゼンテーションされた服のことばかりをもっぱら考えていましたので、そう言われてみれば、というかたちで、道端に落ちている服や古着を思い出しました。より「手前」の服や服が置かれる状況が見えていなかった。

言うまでもなく、服とそれをとりまくストーリー及びコンセプトはデザイナー二人の作る作品ですが、それを通して考えることが出来てくる領域は、より「手前」にある服、服を囲う状況、服を介した経験でした。ある局部にスポットをあて、その後の操作を経て提示されるPUGMENTの作品は、まず僕にとっては、その着眼とアプローチにおいて新奇性をもちながらも、しかし(しかしではないのだが)、日常に関わっていくものでした。即ちアクチュアリティがある。

IMAGE》は、まずはじめ衝撃でした。作家による作品の筋書きというものは、「実際に」そうした経験があったかどうかは分かりようもないし、どっちでもよく(どっちでもよくない作り手もいるが)、とりあえずPUGMENTの場合、わたしはそれをあえてフィクショナルなストーリーとして読むわけですが、《IMAGE》はその点にしても面白いです。

「私」は古着屋で買った軍放出のミリタリーウェアに褐色の染みを認め、以来その服が着れなくなってしまう。

そうか、服って血液がつくほど身体に近接しているんだ、ということに加え、軍服ってそうだ、血が飛び散る場所で着られる(または着られた)戦闘服1だったんだ、と、「そう言われてみて」慄きました。
褐色の染みを認めてからの操作、アプローチは、またしてもあるわけですが、それは本稿では書きません。是非、ホームページで見てみてください。

余談ですが、《IMAGE》を受けて、高校生の時だったかな、背中のおできが潰れて制服の白いシャツに赤い染みをつけたことを思い出しました。服に血がついてしまった時のおぞましさは、その服が自身の「私性」に重く染まっていく「ような」感覚からきているのかもしれません。つかず離れずであるはずの服に、肉体の中、皮膚の内側を流れる血液が移っていく事態は、どうもインパクトがありました。見せないようにしないと、と感じたこともよく覚えています。ブレザージャケットを着てその場は凌いだと思うのですが、後の顛末は忘れました。



さて、《刺繍された円》に戻りましょう。この作品では、通常古着の価値の傷である文字通りのダメージを表示する「丸」の読み替えが行われているように思われます。丸は実際の服に縫い付けられて円になります。そして円の数だけ、服の値段は高くなります。安くなるのではない。

古着とはある服がある個人によって一定期間所有、着用されたものが、再び売り物となって流通しているものであり、ダメージとはその所有期間における食べこぼしなり、ほつれなり、磨耗などの布の経年劣化を指します。

ここで考えられるのは、服はその期間に「一点ものになっていく」のではないかということです。つまり、同じ型、同じ布で作られた服は、ある個人によって着られながら、特異な、スペシフィックなものに変化していく、そう捉えることができるかもしれないのです。

《刺繍された円/embroidered circles》は、持ち主にとってもしかしたら不本意にできてしまったしみが、再流通に際しても依然忘れられずに残り、価値低下の要因として目立たされてしまう、という点をユーモラスに扱いつつ、服というものが、ある時間のなかで経てきた変化の痕跡を布地上の染みとして維持していることによって個別化され、特殊なものになるという点、これを価値づけてみるという作品なのかもしれません。

シンプルな操作と、価格設定後の服の再販は、丸印のつけられたダメージをどこか愛をもって掬い上げているようにもわたしには思えました。愛というと情感が乗りすぎるのですが、ともかくここには価値の転換があるということです。


身銭をはたいて買った大好きな服。初めての洗濯、乾くのを待って、朝、アイロンをかけて着て出掛け、街なかのウインドーに反射する自分を横目に、気分上々、意気揚々と入ったレストランでこっくりとしたソースがこぼれてシャツに付いたらわたしは、相変わらず絶望し、野獣めいた叫び声をあげると思いますが、すこし経って、でもこの絶望って?と考えられる気がします。このダメージ(精神的なものを含む)とは何なのか。



ただし、価値の読み替えという点のみであれば、価格設定システムだけで足りるのではないか。なぜ実際に縫い付けるのか。このマテリアライズの操作こそが重要な気がしています。(とはいえ、わたしはこの作品をネット上の画像で見る)

丸とは、その服が通販サイト上に存在する期間だけ、つまり売れずにいる期間にのみ、画像上に付けられるものです。当たり前ですが、売れて購入者に届く服にダメージはありますが、丸のフレーミングはありません。
PUGMENTの刺繍を経て売られ手元に届く服は、円によるフレーミングに囲い込まれたダメージを持つものです。この違いは?
糸による記名、マルタンマルジェラ、コズミックワンダー、ケイスケカンダ。
ダメージ、例えばスペシフィックなシミが、購入者によって消し取られたら、円はどんな機能になってしまうのか、等。他作品との関連からしても、画像とマテリアルのこの行き来こそ、やはり重要だと思われるのですが、、、



さて、本稿は、大和の私的なパグメント体験を書くことでその紹介に代えようという趣旨ですが、偶然、主だって取り上げた作品が「古着」という要素で共通していました。意図はなく、たまたまでしかありませんが、一方、PUGMENTは所謂コレクションブラントへの言及も見られます。最新作の《Spring2018》はそうしたビックメゾンとの距離のなかで制作されたであろう作品です。講義でも特に取り合げられるのではないかと思います。

ステイトメントに現れるブランド、VETEMENTSRAFSIMONSGUCCHIY/Project(徐々にテンションが上がらざるを得ない)BALENCIAGA!





いま、服を見ること、着ること、考えること、作ることにどんな実効性があるのか、または無いのか。 



 
特別講義では、最新の《Spring2018》にはじまり、これまでにPUGMENTが出遭ってきた動向やアーティスト、ブランドに言及していただきながらお話ししてもらう予定です。 

コンセプチュアルで、コンテキストから成る他のファッションブランドを考える上でも、この講義が思考の契機、補助線になるだろうと思っています。



最後に、聞き手としてご登壇いただくキュレーターの飯岡陸さんからは、パグメントの作品は、何かを考えるその深度とラディカルさにおいて、かなり向こうまで、新しいところまで「行ける」ものであり、そのことは批評とともにであればなお一層立ち上がってくる、との旨をいただきました。講義という順序だった説明の後でこそ始まる問いがあれば、飯岡さんにはその問いを、講義の後半でPUGMENTに投げかけていただくことも予定しています。


 
運動着?精神的?スリリングな講義になりそうです。 


 
どうぞ、ご参集ください。



1 黒河内真衣子が手がけるmame kurogouchiはたしかブランドコンセプトを「現代社会における戦闘服」と表記していたと思うのですが、現在、HP等でそうした言葉は見受けられません。

また、ファッション誌『GINZA』(2015312日発売号)の付録として限定復刊した「おとなのオリーブ」では、歌手の小沢健二が、「軍服」がもしあからさまにかっこ悪かったのなら兵士の士気は下がり、争いは抑制されていたのではないか、というような記述をしていたと記憶しています(手元に無く未確認。誤認あればご一報ください)。





2017年10月7日土曜日

PUGMENT特別講義「精神的運動着論」




繊維研究会では新進気鋭のファッションレーベルPUGMENT(パグメント)の今福華凜/大谷将弘による特別講義を開催します。既存の枠組みに対してラディカルでありながら、常にどこか「ストリート」の匂いのする彼らのクリエイション。影響を受けてきたクリエーターやカルチャーを紹介しながら、これまでの活動、そして彼らが考えるファッションの可能性についてお話しいただきます。



【出演】PUGMENT(ファッションレーベル)、飯岡陸(キュレーター)、大和佳克(繊維研究会代表)

【日時】10月29日(日) 19:00〜 (開場は30分前)

【会場】早稲田大学戸山キャンパス学生会館W406,407
    東京都新宿区戸山1-24 早稲田駅より徒歩7分 


先着80名 (参加者多数の場合、立ち見でのご参加になります) 


予約不要 入場無料


お問い合わせ: sen.i.ymt@gmail.com








 【PUGMENT】
ファッションレーベル 

今福華凜と大谷将弘によって2014 年に設立。衣服が人間の営みにおいて価値や意味が変容していくプロセスを観察し、そのプロセスを衣服の制作工程に組み込む。あらゆるファッションにまつわるイメージが抵抗なく記号化し消費されてゆく昨今において、衣服を通したコミュニケーションの在り方を再考させ、都市や社会、そして他者との新たな関係の築き方を提案する。2017年6月に初となるコレクション「Spring 2018」を発表。 主な展覧会に「新しいルーブ・ゴールドバーグ・マシーン」KAYOKOYUKI,駒込倉庫, 東京,2016 /「鉄道芸術祭vol.5 ホンマタカシプロデュース もうひとつの電車 ~ alternative
train ~」アートエリアB1, 大阪,2015 /「THE EXPOSED#9 passing pictures」G/P+g3 gallery, 東京,2015 /など。

pugment.com


【飯岡陸】

1992年生まれ。東京芸術大学美術学部を経て、横浜国立大学大学院都市イノベーション学府修了。キュレーションを実践的な批評の在り方として捉え、展覧会の企画設計やトークイベントの企画、執筆活動などを行う。企画した主な展覧会に「渡邉庸平 : 猫の肌理、雲が裏返る光」(2017、駒込倉庫)「新しいルーブ・ゴールドバーグ・マシーン」(2016、KAYOKOYUKI 駒込倉庫)、「EXPOSED #9 passing pictures」(2015、G/P gallery shinonome) 、「回路を抜け出して(2015、印刷物)」など。



2014年3月28日金曜日

集う女の子たち―keisuke kandaの方法―





図1

このような漫画風少女のイラストがプリントされたTシャツ(図1[])、みなさんはご存知だろうか?ブランド名は「ケイスケカンダ[]」。デザインも特徴的だが、またその活動も変わっている。「発表会」と名指された独自の形態の販売会を実施し、自身のファンクラブの設立も行っている。ケイスケカンダは既存のブランドとは一線を画し、異色の活動を見せるブランドと言っても過言ではないだろう。そしてこの特徴的なデザインや活動は熱狂的な女の子の支持を集めているのである。では、なぜケイスケカンダは他とは一線を画し、ここまで一部の女の子から熱狂的な支持を集めることができるようになったのだろうか。ここでは、“トライブの創造”という観点からケイスケカンダの方法論について考えていきたい。




 ケイスケカンダの特異性――「カルト」的な人気を集める、あるいはそのように感じられる要因――はその特徴的なデザインや神田恵介が創り出す幻想的なナラティブ(物語)などによって独自のトライブ、つまり一種の「族」を積極的に産み出し、それを有している点にあるだろう。



図2


 例えば、2010年から継続的に発表されている「心恋族(うらごいぞく)」(図2[])というシリーズにそのことは端的に表れている。この「心恋族」は淡い恋心を秘めた人に寄り添う「民族服」をコンセプトにしたシリーズで、直接名に「族」とつくようにそこには一つのトライブが想定されている。また、インタビューの中でデザイナー神田恵介が「『族』という言葉にこだわったのは、『カラス族』『竹の子族』のような〝現象″にしたいという思いがあるんです。[]」と述べるようにそこでは意識的にトライブの形成が志向されている。



 しかし、このケイスケカンダが創造しようとするトライブは「カラス族」「竹の子族」などとは決定的に異なっている。なぜなら「カラス族」「竹の子族」がある種自然発生的に形成されていったのに対し、ケイスケカンダにおけるトライブは「トライブの創造」が自覚的に志向されているからである。そのような歴史性を前提にした上でデザイナー自らが介入し、デザインの段階においてその現象を再現しようと試みているのだ。




ではその意図的に作られたトライブだが、一体どのような要因がこれを成立可能とさせているのであろうか。



その要因の一つに、独自の「少女像」の創出とデザインの過剰さがあげられる。「心恋族」シリーズの衣服・デザインを見てみると様々な装飾・アイテム―砂糖菓子のような樹脂ボタン、パステルカラーに水玉がプリントされたジャージー、アニマル柄の刺繍…など―を「少女性」の記号として配置することで「ケイスケカンダらしさ」が構築されている。このような「心恋族」で特徴的に見られる独自のトライブを創り上げる手法はケイスケカンダというブランドそのものに通底しており、実践されている。ケイスケカンダのデザインをよくみると、パステルカラー、水玉模様、ギンガムチェック、キルト、レース、フリル、リボンといった色彩、柄、素材、アイテム―「少女性」の紋切型―が多用されていることが分かる。そこでは表層において強い意味作用を持つようなデザイン・装飾が選択されているのだ。こうした強い意味作用を持つデザイン・装飾はメディアとしての衣服を身に纏った時に現れるメッセージをより強固なものとする。過剰に配置されるそれらの紋切型とそこに付随する記号性の強さが交じり合うことによって「女の子」(「少女性」)のイメージは増幅させられ、独自性を帯びた「ケイスケカンダ」という一つのトライブを形成することに成功するのである。


図3

ではここで志向されている「女の子」とはどのようなものであろうか。ケイスケカンダはこうしたデザインの過剰さやそのメッセージ性・記号性の強さを基にしながら、ブランド内において規範化された想像的な女の子のイメージを創り出そうと試みているように思われる。コレクションと共にきむらももこや庄子佳奈(図3[])などによって「女の子」のイラストが描かれることや様々な媒体でデザイナー神田恵介によって断片的な少女像が語られることは、そうしたケイスケカンダにおいて規範として機能する女の子の表象・型の創出の例として挙げることができるだろう。




また、ここでの少女像はあくまで想像的であるということに留意しなければならない。この規範となり得るような少女像(「女の子」)は「実体」を伴ったものとしては提示されているわけではない。理念的かつ想像的なものなのである。あくまで、具体的な「実体」としてではなくイラストや文章という形態によって抽象的でありながらも規範として機能する少女像を創出しようとするのである。



まさにこうした少女像の創出こそがトライブを形成する(あるいは、トライブが形成されているように感じられる)ことを可能にしているといえる。規範となり得るような少女像(理想的イメージ・モデル)が創り出されているため、女の子たちはそこへと方向づけがなされており、女の子たち自身もそうした想像的な少女像への接近を試みようとしている。そのため、そこでは着用者(女の子)の個性は消され、画一的な様相を呈す。また、同時にそうした画一化が進む過程で着用者(女の子)間においてもそうした規範の形成と再強化が並行的に行われているといえるだろう。それに加えて、ケイスケカンダで用いられる特徴的なデザインと装飾の過剰さはその「強さ」そのものが契機となり、反転が起こり、同様の差異を見出すことが困難な状態・類型として一つに包括するような認知を生むのである。こうした共同体の内部において規範となり得るような想像的な少女像が創出されていることと、そのデザインの「強さ」が同じ傾向を有している、またはそのような印象を引き起こしているといえる。そのため、一つのトライブの形成―あるいは、そうした形成がなされていると錯覚させること―が可能になっているのである。



図4
また、その「強さ」を持ったケイスケカンダのデザインだが、ただ「少女性(ガーリー)」という一語で語ってしまうのはいささか乱暴すぎるように思われる。むしろ、最終的に「かわいい」のコンテクストに回収されることを志向しながら、それまでの「かわいい」の系譜では見いだされてこなかったデザイン、ある種の生々しさが表出する可能性のあるデザインを用いる点にこそ「ケイスケカンダらしさ」をより強固にするものは存在する。例えば、一見して古着のリメイクということが分かる(痕跡が残された)手作り感あふれるデザイン、ノイズやバグのような荒い手縫いのステッチ(パンク的な要素)、日の丸をモティーフにしたTシャツなどをその例として挙げることができる。あるいは「(ヘテロセクシャルな)性に対する眼差し」を織り込んだ衣服である。神田恵介の衣服作りの原点が女の子への叶わなかった想いであるように「(ヘテロセクシャルな)性に対する眼差し」はそのクリエーションの根幹にあるといえる。下着が見えている少女のイラストをプリントしたTシャツ(女子高生のTシャツ/バレリーナのTシャツ、図4[])や、2013年秋冬コレクションには「援助交際ジャケット」と名付けられたジャケットが発表されるなど、スキャンダラスなイメージを立ち上がらせることが不可避なモティーフを用いている。こうした過激になりうる要素が内在するモティーフを―後述するが―ケイスケカンダはブランド(トライブ)の中で共有されるナラティブ―物語-を作り上げることによって、またそこでのコノテーションに依拠することで「かわいい」という感覚へ転回させている。





ここまでは、デザインとそこから見出される規範として機能する想像的な女の子の表象の創出という観点からケイスケカンダのトライブの創造という手法について考えてきた。ケイスケカンダというブランドが登場する以前からもそのベースとなっている「少女性」の紋切型などは「かわいい」という感覚的な側面から受容され、表面的なデザインに多く用いられていた。しかし、ケイスケカンダはその紋切り型の引用の手法(同様の系譜では見いだされてこなかった要素とのリミックスや独自の解釈など)そのものが特徴的であったために新しい立ち位置を確立していったといえる。そのため、このような視覚的なデザインがこのトライブの形成に大きな役割を果たしたということは明らかであろう。



しかし、この視覚的なデザインのみがトライブの形成を可能にさせているのではないように思われる。デザインと相互に作用しあいながら内閉した空間を作り出し、そこに女の子を取り込むという方法、これにこそケイスケカンダのトライブ形成の独自性があるのではないだろうか。全国各地で買い手と直接交流を図る展示会(発表会)の開催やファンクラブの設立といった活動からも分かるように、衣服そのものに留まらない外部に存在するシステムを上手に利用することで、独自の世界観の共有が容易な共同体の形成を可能にしている。このような共同体の中で、デザインは相互に作用する言葉やナラティブを内包させられることで一つのものとして完成する(先述した心恋族では神田恵介によって書かれた文章が同時に発表されている)。同時にそこではブランド(共同体)の中心にデザイナーが顕在化するような構造が自覚的に作り出されている。デザイナーズブランドという形態そのものが本来そのような構造を有することを特徴とするのだが、ケイスケカンダが異質である点は積極的にデザイナー自身のクリエーションの軌跡やパーソナリティーを物語化・象徴化し、それをブランド(共同体)の中心に据えようとしている部分にあるといえる。ケイスケカンダというブランドでは神田恵介によってその衣服がつくられるというそのこと自体に重要な意味が見いだされる。ここでの神田恵介とは単に実体的なものとは異なる物語内で創出されたイメージとしての「カンダケイスケ」であり、またそうした「カンダケイスケ」がブランドの中心に不可欠なものとなっている。この定型化されたイメージとしての“カンダケイスケ”不在においては“ケイスケカンダ”は成り立たない。荒い手縫いのステッチという意匠―作り手のイメージを要請するデザイン―が用いられる背景にはこのような「カンダケイスケ」像とそこでつくられる衣服の不可分な関係の表れだといえる。



また、展示会においてデザイナーと顧客の密接なコミュニケーションの場が十分に確保されていることや様々なメディアでデザイナーの衣服作りの原点・エピソード(叶わなかった女の子への想い)が反復されることによってそこでは価値が生成され、ブランド(デザイナー)と顧客の間で物語空間の容易な共有を可能にしている。他にも各ルックに付けられるそのデザインのイメージを増幅させるような名前やブランド・コレクションイメージを伝達するためのイラストや文章の中で設定・引用される想像的な女の子の表象は独自の世界観をより強固なものへとし、物語空間を鮮明化させ、「ケイスケカンダらしさ」を獲得するために機能している。このような空間の共有によってそこでは独自のコミュニケーションの形式が作られており、顧客はケイスケカンダにおいて生み出されているナラティブを含めて「衣服」を消費(購入)しているといえる。



こうしたデザイナーを中心化しながら、内閉性を伴った共同体・独自のトライブを創り上げる方法こそが熱狂的な人気を誇る、あるいはカルト性を帯びたブランドというイメージを引き起こす要因なのではないだろうか。 

 
2012年東京都現代美術館で行われた「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展にケイスケカンダは「白の衝撃」と題して「紙エプロン」を出展した。もちろんこれは1980年代前半にパリ・コレクションで川久保玲、山本耀司によって発表されたルックへの形容である「黒の衝撃」のパロディであるが、ここにただ内閉的な共同体を創り上げるだけではないケイスケカンダのアイロニカルかつユーモラスにファッション・システムに切り込んでいく姿勢が示唆されている。そもそもパロディという手法はコンテクスト、あるいは歴史の共有を前提(約束事)とし、その上で新たな方向性を提示するものである。本展では川久保玲、山本耀司による衣服も出展されており、その対立は鑑賞者に明確なものとして認知させられる。そこでは一見すると倒錯したやり方によって「ファッション」の新たな方向性を模索しようとするケイスケカンダの姿を見出すことができる。また、神田恵介はインタビューの中で次のような発言も行っている。

 
   かつて、あのシャネルが下着の素材でしかなかったジャージーを使ってドレスを作ったときに、最初は後ろ指をさされていたと思うんです。でもそうやって後ろ指をさされていた服装が、やがてファッションの歴史に名を残すほどのものになった。おこがましいけど、僕はそういう服装を目指したい。[]


 このような活動や発言からケイスケカンダの「ファッション」への視座が読み取れる。その特異性であるトライブの創造はただ内向的なものとして理解すべきではなく、制度化されたファッションの領域から逸脱しようとする側面に注目すべきであろう。ケイスケカンダはただ内閉的な共同体を構築し、―そこに留まるだけでなく―むしろ独自性を持った一つの共同体を構築するというプロセスを一種のファッションにおける「革新」の手段として取り込もうとしているのだ。



 このような分析を通して、ケイスケカンダは「ファッション」の新たな可能性を提示し続けるブランドとして浮かび上がってくるのではないだろうか。





繊維研究会
text: Ryuhei Nakabayashi
edit: Hidaka Yamada







[] 『ケイスケカンダ ホームページ』、〈http://ribbonful-store.com/?pid=21751578〉、[2013325日閲覧]

[] デザイナー神田恵介によって2005年に立ち上げられたレーベル。

[] 『ケイスケカンダ ホームページ』、〈http://ribbonful-store.com/?pid=34545714〉、[2013325日閲覧] きむらももこによるイラスト

[] 展示会カタログ『感じる服 考える服:東京ファッションの現在形』以文社、2011年、76頁。

[] 『ケイスケカンダ ホームページ』、〈http://www.puramo-for-girl.com/〉、
[2013325日閲覧]  庄子佳奈によるイラスト

[] 『ケイスケカンダ ホームページ』、〈http://ribbonful-store.com/?pid=21750659〉、[2013325日閲覧]

[]「ブランド研究 ケイスケカンダの独創力」、『装苑』20134月号、63頁。



2013年12月19日木曜日

「つくる を きる」展 & 2013年度の活動を終えて



大変遅くなりましたが、12/1に開催いたしました2013年度繊維研究会「つくる を きる 展」無事終了致しました。



当日は多くの方にお越し頂き、有難うございました。


そしてトークイベントにて登壇して頂いた佐藤秀昭様、古瀬伸一郎様、加藤哲朗様、また「ファッションは更新できるのか?会議」より水野大二郎様、横山泰明様、金森香様、永井幸輔様、齋藤歩様、有難うございました。



他にも多くの方々にご協力頂き、無事終えることが出来ました。
この場をお借りしてお礼申し上げます。




当日の写真はリニューアルしましたHPに掲載致しましたので、そちらと合わせて是非ご覧下さい。










繊維研究会は今年度、詩人の文月悠光さんと行った「ことばのシャツ展」や「服作りのパターンランゲージ」の制作協力、ブログのリニューアルなどを行ってきました。




これらの活動は、ファッションについての議論をより開かれたものとし、皆様にファッションについて新たな見方、関心を持って頂くことを目標としておりました。
「つくる を きる 展」はそういった1年間の活動の集大成としてのインスタレーションでした。



今回皆様から頂いたご意見を参考にし、今後の活動に生かしていければと思っております。




繰り返しになりますが、「つくる を きる展」にお越し頂いた皆様、活動にご協力して頂いた皆様、本当に有難うございました。



これからも早稲田大学繊維研究会をよろしくお願い致します。





2013年度早稲田大学繊維研究会代表
泉澤 拓志



2013年11月28日木曜日

追加情報 :「つくる を きる 」展





12/1(日) 繊維研究会「つくる を きる」展の開催に伴いまして、展示と並行して同会場でのトークイベントの開催が決定いたしました。





4時間連続特別トークセッション
「ファッションデザインを書き替える~オープンデザイン、技術革新、モードソバージュ~」


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1430~1530
トークセッション1【「つくるをきる」ツアートーク】
概要:繊維研究会2013インスタレーション「つくる を きる」展の企画概要の紹介。今回トークセッションでコラボレーションをすることになったファッションは更新できるのか?会議のこれまでの成果をふまえて、「つくる」に関わるデザイナーの役割の変化とそれにともなうファッションデザインの変容を、繊維のOBと金森さんを交えて話す。


モデレーター:西本裕亮(繊維研究会)
登壇者:金森香(NPO法人ドリフターズ・インターナショナル、シアタープロダクツプロデューサー)×富久田千穂(繊維研究会、デザイナー)×佐藤秀昭(The Dress & Co.ディレクター 、元TOKYO RIPPERデザイナー / 繊維研究会OB)×古瀬伸一郎(アッシュ・ペー・フランス PR01.ディレクター、元TOKYO RIPPERディレクター)


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1600~1630
トークセッション2【身体は更新できるのか】
概要:プロのデザイナーとして、ファッションに関わるということについて議論。


モデレーター:堀井隆秀(繊維研究会OB)
登壇者:加藤哲朗(ka na ta デザイナー、dobyonly編集長)


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1700~1900
トークセッション3【「つくる を きる」の未来】
概要:「つくり方」がオープンになっていったとき、これからファッションに関わる私たちの在り方はどのように変容するのであろうか。「つくる を きる」の未来についてファッションは更新できるのか?会議実行委員のメンバーを招いて議論する。


モデレーター:泉澤拓志(繊維研究会代表)
登壇者:水野大二郎(慶應義塾大学環境情報学部専任講師、京都大学デザイン学ユニット特任講師、『vanitas』編集委員、 FabLab Japan Network メンバー)、横山泰明(WWD JAPAN)、金森香(NPO法人ドリフターズ・インターナショナル、シアタープロダクツプロデューサー)、永井幸輔(弁護士、Arts and Law、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン事務局)×齋藤歩(編集者、繊維研究会OB)




こちらのトークイベントへのご参加もお待ちしております。
皆様お誘い合わせの上、ぜひご来場下さい。





繊維研究会 一同

2013年11月1日金曜日

つくる を きる






技術はクリエイションの担い手を広げる。
パソコンが個人の手に渡ったときのように、今日、服づくりにおけるそれは着実に我々に近付いてきている。



従来のプロフェッショナルな服づくりでは、つくる過程は構想したデザインと完成形をつなぐ透明なものである。
一方民主化された服づくりにおいて、過程は色を持ち、新たなかたちを形成する。



その色を取り出して衣服をつくること。
それはこれからの新たな衣服のデザインを考えることである。







2013年度 繊維研究会は
”過程が生む新たな衣服のかたち”を模索します。








「つくる を きる 展」

date 2013/12/1(Sun)


place 代官山 HILLSIDE ANNEX-A
open 12:00 / close 19:00
entrance free





皆様お誘い合わせの上お越し下さい。
心よりお待ちしております。







繊維研究会 一同