2011年、我々にとって非常に関心のある、ある興味深い事件があったことはご存知だろうか。クリスチャン・ルブタン(以下ルブタン)とイヴ・サン・ローラン(以下YSL)の法廷争いが起きたのである。
そもそもみなさんはルブタンをご存知だろうか。ハイヒールと真っ赤なソールをトレードマークとするパリの有名なシューズブランドである。街でこんなデザインの靴を履いた女性を見たことがある人も多いのではないだろうか。
一方後者のYSL。ロゴはあまりにも有名であるし、最近は「エディ・スリマン」がデザイナーに再就任したことでモード界の話題をさらったことは記憶に新しい。
そんな両者が法廷で争った。ルブタン側がYSL側を訴えたのだ。ここで問題となったのはYSLがその年に発表した靴である。
上の写真にて、左のYSLの靴はソールも含め真っ赤であるが、これをルブタン側が「レッドソール」の商標権の侵害で訴えた。つまりYSLの靴はルブタンの「コピー」であると訴えたのである。
第一審にてYSL側は、赤いソールはすでにルイ14世や、『オズの魔法使い』のドロシーが履いているためルブタンが最初ではないし、一つの「デザイン」であると主張。結局、ルブタン側の訴えは取り消されることになった。
こうしたデザインとコピーとの境界線をめぐる問題は高級ブランドから廉価店まで後を絶たない。一般的に現在の社会では「コピー」をすることは一種の悪であるように考えられている。しかしながら、ファッションという特殊な産業においては、一概に「コピー」が良くないものであると断定することが出来ないのが事実である。
確かにコピーによってあるブランドが損害を受けるようなことがあればそれは当然批判されることになろう。しかしファッション業界(モード)というのは、パリやミラノ等のファッションショーを通して恣意的に流行遅れを作り、購買を促すという側面があるが、それはそこで生み出された新しさで次のシーズンのトレンドの方向付けをし、大衆ブランドにどういう服を作らせるかを潜在的に誘導するという意味合いも含んでいる。
また、ショーという発表形式が体系的に整備された以前においても、そこにはファッションアイコンとなる権威的存在があった。人々はそれらのアイコンを崇拝し、「真似」をしてきたのは過去、現在のいずれを見ても紛れもない事実である。このようにファッションとは、新作や権威が集団的模倣により大衆に伝わっていく(=トップダウン)伝達様式をもった独特の文化なのである。
しかし2000年以降、徐々にこのサイクルが狂い始めた。それはインターネットの普及とファストファッションの台頭が考えられよう。
従来のトップダウン形式では、ショーを見ることができたのは一部の顧客とバイヤー、ジャーナリストなどの人たちであり、発表から実際にお店に並ぶまでに半年の時間を有した。しかしインターネットの普及により、誰もがショーを(しかもここ最近ではリアルタイムで)観ることが可能になる。すると圧倒的なスピードで製品を世に送り出すことが出来るファストファッションブランドは、半年を待たずしてオリジナルのブランドよりも一早くそのデザインを市場に送り出すことが可能になってしまった。こうしてこのデザインの伝達方式は崩壊されつつあるのが現状であろう。とは言え、上で述べた構造上、ファストファッションのしていることが一概に悪いとは言い切れないのだ。
だがこの現状に答えるようにハイファッションとファストファッションの両者による歩み寄りが見られるようになってきた。その一例が、両者によるコラボレーションであり、最もわかりやすい例がH&Mとデザイナーズブランドによるダブルネームであろう。
H&Mはこれまで数多くのブランドとコラボをしてきた。日本上陸時のコム・デ・ギャルソンとのコラボや去年のメゾン・マルタン・マルジェラとのコラボで話題になったのはまだ記憶に新しい。次回はここ最近勢いを増しているフランスのイザベル・マランとのコラボを予定している(下写真)。積極的にコラボレーション戦略を打ち出しているのである。
H&Mはこれまで数多くのブランドとコラボをしてきた。日本上陸時のコム・デ・ギャルソンとのコラボや去年のメゾン・マルタン・マルジェラとのコラボで話題になったのはまだ記憶に新しい。次回はここ最近勢いを増しているフランスのイザベル・マランとのコラボを予定している(下写真)。積極的にコラボレーション戦略を打ち出しているのである。
これによりコラボした両者ともに話題性を得られるのはもちろんだが、ファストファッション側はこれまでに得られなかった高級感を、ハイファッション側はより多くの人が手に取れる、通常では提供出来ないような価格で販売が出来た。これらにより両者ともに新たな顧客を獲得し得たであろう。
また、ファストファッション側がその豊富な資金力でハイファッション側の会社を傘下に入れるような動きが近年、少しずつだが見られるようになってきたのである。例として、セオリーがファーストリテイリング(ユニクロを展開している会社)に、トム・ブラウンがクロスカンパニー(earth music&ecologyを展開している会社 )に買収されるなどがあげられる。傘下に入ることで、豊富な資金により経営基盤は安定するだろうし、買い手としては事業が拡大し、新たな市場を開拓することによる新規顧客の獲得が可能となる。まだこれらの動きは顕著とは言いがたいにしても、一種の歩み寄りと捉えることが出来るのではないだろうか。
もちろんこれらの例に様々な問題が付随するのは容易に想像出来るが、今回は勝手ながら論から外させて頂く。
コピーとデザインの境界線問題で必ずと言って良いほど話題にあがるファストファッションとハイファッション。しかし先に述べたようにここ近年、両者の歩み寄りが見られてきた。争うのではなく、お互いの良い所を最大限生かし合おうとするのがこれからの流れなのかもしれない。そうするならばこの先、更なる歩み寄りが見られることは必然であろう。そんな流れの中、銀座のドーバー・ストリート・マーケットとユニクロを結ぶ連絡通路、これが両者の歩み寄りの象徴にふと見えてこなくもない。この先、この両者がいかなる歩み寄りを見せるか、目を凝らして観察して行くに値すると思われる。
繊維研究会
text : Yusuke Nishimoto, Hidaka Yamada